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コラム

印刷いまむかし近代編③ 昭和・平成の印刷

印刷の歴史

~前回までのあらすじ~

 日本に近代的な印刷技術が導入されてから約半世紀。印刷技術はどんどん進化してきました。さらに写真を印刷する技術が次々に開発され、印刷表現はますます多彩になっていきます。
 全3回の「印刷の歴史 近代編」コラム。最終回は昭和から平成にかけての印刷技術の進化を紹介します。

戦争の影響

 大きな出来事が起こると、より早く現地の状況を伝えるためにメディアが発達します。災害、大事件、感染症…戦争もその一つです。日本では日清・日露戦争によって印刷技術が向上しました。特に日露戦争期には戦況を伝えるための写真印刷技術や、戦場と故郷をつなぐ絵葉書ブームによって多色印刷技術などが発展しました。 
 第一次世界大戦期は海外からの輸入が減少し、原料や機械が国内に入ってきづらくなりました。しかしこれは逆に、国内での研究開発が進むきっかけになりました。
 これらの戦争は人々の意見交換を活発にし、大正デモクラシーが起きました。言論の場として次々に雑誌が刊行されます。高速活版輪転機の開発やプロセス製版による挿絵印刷が、雑誌ブームを支えました。

キネマ旬報 22号 [1920]

例えば大正8(1919)年に創刊した『キネマ旬報』は昭和15(1940)年に一度休刊しますが、昭和21(1946)年に復刊し、現在に至っています。
 戦争の影響はいいものだけではありません。第二次世界大戦下では物資不足や言論統制によって多くの雑誌が廃刊に追い込まれました。さらに空襲で工場や機械、技術者たちに大きな被害もありました。印刷業界は大きなダメージとともに第二次世界大戦終了を迎えます。

戦後の発展

 終戦後、だんだんと人々に物資がいきわたるようになりました。そうなると、物資の包材や封をするシールが必要になります。印刷業者は軽工業である強みを生かして、焼け残った印刷機で印刷業を再開しました。

ヤマックス株式会社, 1988年, p31

 山下マーク製造所 創業

『四十年のあゆみ』, ヤマックス株式会社, 1988年, p29

 ヤマックス株式会社の前身である山下マーク製作所が創業したのはそのような状況でのことでした。ヤマックス株式会社および山下マーク製作所の創業者である山下實は、戦前に仲間とともに印刷の製作所を旗揚げしていましたが、戦争の激化により1944年には解散に追い込まれていました。終戦を迎えた山下は、焼け残った機械や資材をかき集め、印刷の仕事を開始します。そして1945年9月1日、進駐軍向けキャバレーのクローク札を受注します。
 1946年10月には転写マーク製造機1台を購入し、印刷メーカーとしての歩みが始まりました。

高度経済成長期 コンピューターの導入

 コンピューターが日本の印刷業界にもたらされたのは終戦後でした。カラースキャナや電子彫刻機による製版技術、そして植字技術は印刷をよりハイクオリティに、よりスピーディーに進化させました。

デジタル印刷を行う印刷オペレーター

 PS版の誕生

 より効率的に印刷するにはどうすればいいのでしょうか。印刷機そのもののスピードだけでなく、製版、調色、インキの乾具合、型抜き、検査…。効率化のポイントはたくさんあります。ここでは平版印刷の製版スピードを大きく改善させたPS版を紹介します。
 平版印刷・オフセット印刷において、戦後最も大きい進化はPS版の誕生です。平版印刷の版は、製版直前に感光剤を塗り、すぐに感光させる方式が一般的でした。しかしPS版は「presensitized:すでに感光性を与えられている」との名前どおり、あらかじめ感光剤が塗られているのです。1960年代に登場したPS版は品質が安定しているうえに、感光剤を塗る手間が省けることから、現在のオフセット印刷物のほとんどで使用されています。

現在のオフセット印刷機
「いらすとや」さんにはどんな素材でもある

UVインキの登場

 印刷物のインキを早く乾かしたい…。印刷の生産効率を向上させるためには重要な課題です。1960年代に登場したUVインキはその当時から非常に注目されていました。それまでは自然乾燥に頼っていましたが、UVインキは紫外線を使ってインキを硬化させることができるのです。これによって印刷が完成するまでのスピードが速くなっただけでなく、乾かすスペースを削減できたので大幅な効率化が果たせました。このUVインキは現代では様々な印刷に用いられています。

フレキソ印刷の登場

 フレキソ印刷は、海外で広く普及している凸版印刷方法です。フレキソ印刷の特徴はアニロックスロール・弾力のある版・フレキソインキの3つがあげられます。アニロックスロールとは、インキを版に付けるためのロール。表面に細かい溝が無数に彫ってあり、その溝にインキを詰め込んで版に転写するのです。アニロックスロールのおかげで、インキの供給量が安定します。弾力のある版と、速乾性のあるインキは、段ボールなどの凸凹した面や、フィルムなどの柔らかい面に印刷するのに適しています。
 フレキソ印刷自体は1905年にフランスで発明されていましたが、粗雑な印刷物をスピーディーに生産する技術としてしか活用されませんでした。この技術が再注目されたきっかけが、物流の拡大です。食品包装につかわれるフィルムにはインキがしみこまないうえ、熱をかけると縮んでしまうので乾燥させづらかったのです。また、段ボールの使用も増加したので、それらに適した印刷方法が必要となりました。フレキソ印刷なら、速乾性があるうえ凸凹した面にも印刷が可能なため、改めて歓迎されたのでした。
 日本国内では海外と比べるとフレキソ印刷の普及は進んでいません。ヤマックス株式会社はいち早くフレキソ印刷機を導入し、新たな印刷表現の可能性を広げていきました。

印刷のデジタル化

 平成に入るとコンピューター技術が発達し、印刷業界にも大きな影響を与えました。最も重要な新技術がDTP印刷です。
 DTP印刷はDesk Top Publishingの略で、机上出版と訳されます。文字通りにコンピューターを用いて、編集・デザイン・レイアウト・組版などの作業を机の上だけで行うことを指します。これまで多くの専門技術者が行っていた複雑な製版作業を、パソコン1台で完了させられるようになりました。
DTP印刷の発展によって、版を作成することなく印刷する無版印刷が誕生しました。DTP印刷で作成した版データをインクジェットプリンターなどに入力して、ダイレクトに印刷する無版印刷です。デジタルデータから直接印刷するこの技術は、スピード性・手軽さ・印刷データの自由度から生産が拡大しています。

いまや卒塔婆にもインクジェットプリントができる時代に。「いらすとや」さんにはなんでもありますね。

ヤマックス株式会社ではデジタル印刷を単に導入するだけでなく、シルクスクリーン印刷と組み合わせる「ハイブリッド印刷」を行っています。最新の印刷技術を導入しつつ、これまでの印刷技術を継承し進化させるヤマックス株式会社ならではのオリジナル印刷技術です。

印刷のこれまでとこれから

 

 これまで全3回に渡り、日本の印刷近代化からデジタル印刷の発展までを紹介してきました。古代の印刷までさかのぼると約5000年の歴史をたどってきたのです。
 印刷技術も随分と進化しました。紀元前2600年頃は紙もなく、粘土に文様を押し付けることから印刷がはじまり、活版印刷や石版印刷が発明され…現在では版すら存在しない印刷方法まで確立しています。
 5000年もの印刷の歴史に比べると、ヤマックス株式会社の75年のあゆみは小さいものです。しかし、ヤマックス株式会社は5000年の印刷の歴史を継承し、さらに新しい印刷表現を生み出してきました。
 これからもヤマックス株式会社は印刷の概念を超えてゆきます。新しい印刷の歴史にご期待ください。

参考文献

小本章, 『「シルクスクリーン」用具と技法(初級技法講座)』, 1995年, 美術出版社
凸版印刷株式会社印刷博物館編, 『日本印刷文化史』, 2020, 講談社
中原雄太郎, 松根格, 平野武利, 川畑直道, 高岡重蔵, 高岡昌生監修,『『印刷雑誌』とその時代』,印刷学会出版部, 2007年, 印刷学会出版部
吉島重朝著, 『印刷よもやま話』, 2008年, 印刷朝陽会